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2014-01-28

そうは言うものの

[No.2148]

母の100ヵ日法要を終えました。
仲のいい親戚もたくさん来てくれて、にぎやかな時間でした。
拙者は、49日法要以降が悲しくて、さみしくて、
涙を流すことも増えたのですが、100ヵ日法要は、
卒哭忌(そっこくき)とも呼ばれるそうです。

「哭」は泣きさけぶ、「卒」は終わる、という意味ですが、
故人のことを思って泣き悲しんでいた者も、泣くことをやめる頃だと。

そうは言っても、泣かないでもいい、とは思えませんな。
一人の時間、電車とか帰り道で歩く時間はついつい考えてしまいます。
なぜ母が事故に遭ってしまったんだろう、と。
考え出しても答えが見つからないのですが、この問いが不意に頭を占領します。

でも徐々にですが、どうしようもないけども受け入れて前に進むしかない、
と気が付いている自分を発見できるようになっています。

拙者の特徴として、「諦めないでとことん」がモットーであったりするのですが、
諦めるというよりも、受け入れることの必要性を、この齢でようやく知ったということか。

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