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2025-03-20

レイライン(Ley Line):ご来光の道

https://pilgrim-shikoku.net/leyline-about より

[No.3875]

古代遺跡や関連するロマンやミステリーが好きな拙者は、こんな話が大好きです。

ダ・ヴィンチ・コード、インディ・ジョーンズのような映画や小説もいいですが、身近にある古代のロマンやミステリーもいいです。

レイラインに最近興味を持ちました。エジプトのピラミッド、イギリスのストーンヘンジの造営についても、太陽の軌跡、季節の区切りなどが重要な要素になっていると聞きました。

日本を代表するレイラインの一つ「ご来光の道」だそうです。東の千葉県上総一ノ宮の玉前(たまさき)神社から西の出雲大社まで。同緯度上に春分と秋分の太陽が結ばれています。

この図にあるメルカトル図法では、ある地点からある地点への方向が正しく表記されます。確かに直線状に並んでいますね。春分の日と秋分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈む、北緯35度22分の位置に日が昇り、日が沈むということです。まだメルカトル図法での日本地図がない時代に、北緯35度22分の位置が分かっていたことに驚きます。

またカレンダーがある現代でも、春分の日と秋分の日をうっかり忘れるような拙者にしてみれば、春分の日と秋分の日を古代の人々が分かっていた方が驚きです。

本日、家族で早起きして、ご来光の道の一つを参拝させていただきました。日頃の感謝と今後の頑張りを応援していただけるようお伝えしました。

2023-08-29

Totem pole(トーテムポール)

[No.3893]

トーテムポールの起源は明確ではないが、18世紀後半になり、白人が北アメリカ北西沿岸部をひんぱんに航海するようになったときには、すでにその存在が確認され、記録、報告されている。しかしながら、それ以前のトーテムポールの存在については確認することができない。その理由としては、太平洋岸北西部は雨の多い温帯雨林が広がるため木材が腐食しやすく、考古学的な調査によっても18世紀より古いものが発見されないためであり、また、北西沿岸の先住民は、トーテムポールは建立することに意義があり、保存や維持修復することには意義はないと考え、ゆえに、自然に朽ちるにまかせ、その地に返すものとしているからである。白人が一帯に進出し、とくに19世紀後半から20世紀にかけて、博物館などで保存するために収集が始められ、今日、それらを世界各地の博物館で見ることができる。----------- wikipedia より


小学校の校庭にあったのを憶えています。木製の電信柱から、コンクリート製の電信柱に替える時期に、木製の電信柱を使って卒業制作したらしい、ともいろんなWEBで書かれているので、拙者の小学校も卒業制作だったんだと思います。

今回バンクーバー滞在中にも、いろんなトーテムポールを見ました。大きなもの、彩色が鮮やかなもの、古いもの、飾りが多いもの、彫りがシンプルなもの、いろいろです。

何のメッセージだろうか、と考えながら見るのが好きです。家の柱、墓標、ある人の功績を示すなどいろんな目的もあったようですが、素直な気持ちがメッセージになっているようで、見ているとなんとなくホッコリします。

実物を見ると、迫力あるのですが木肌の優しい感じと彩色のバランスがいいです。立派なトーテムポールを、長く後世に残したい気持ちになりますが、土に還ることをよしとするのが、トーテムポールの考え方のようです。ファースト・ネーションズ(アメリカ北西部先住民)の考え方、アジア的な宗教観や自然観も感じます。

自分自身の実現した何かを、知人に紹介する、という意味でとらえると、拙者のトーテムポールはどんなトーテムポールになるかな、とか妄想していました。

きっと誰かに、何かの役に立った、ということを記せるような人生にしていきたいものです。何かと戦ったり、困難に負けずに克服したり、家族を含め、多くの人を少しでも笑顔になってもらえることが、人生の価値や生きがいではないか、と昨今思うのです。




今回は、キャピラノ吊り橋の売店で出会ったトーテムポールを我が家にお連れしました。またヴィクトリアのロイヤルミュージアムのショップで見つけたトーテムポールの解説本も購入しましたので、これからトーテムポールについて、いろいろ考察してみたいと思います。


勉強を頑張る、年の離れた友達にも、トーテムポールの拙者購入のミニ版を送りました。

2022-08-13

将門塚

千代田区観光協会Webページより
https://visit-chiyoda.tokyo/app/spot/detail/65
[No.3666]
久しぶりの「史跡」シリーズ。
それだけを見るために訪問する、が難しいとしても、近くに行ったならばぜひ行って見たい、と思う場所はいろいろあります。

京を遠く離れた東の地で、国をまとめたリーダーとなり、京都の天皇の怒りを買い、討たれた後に、怨念で首が京都から東に飛んで行った、という小学校中学年で読んだ歴史漫画のイラストのイメージが強烈で、将門塚、という言葉が記憶に残ったままでした。
パワースポットと評されたり、土地整備実施時の出来事から怨念の存在とも捉えられたりしていますが、拙者はあくまでも実際を見たい、という気持ちで訪れてみました。
東京大手町の一等地に、立派に整備されています。関東大震災、東京大空襲、GHQ占領下の区画整理など、いろいろ乗り越えて今です。今は皇居の江戸城ができる前から、ここは将門塚だったと思うと、平将門を祀る強い気持ちを感じます。
東国で争い事を起こした者と評する京からの視点もあれば、京都の威を借りた者の横暴や圧政から、東国の民を救おうとした者、という視点もあるわけです。どっちがいいか、悪いか、では論じきれないですね。

小学中学年以来の興味関心を、満たすことができました。東京大手町のビジネスオフィス群の一角でした。土地だけで40億円に相当する、そうです。

2021-11-01

東大寺盧舎那仏像



[No.3478]

和やかに奈良の大仏開眼し。。。なごやかに奈良の大仏開眼し。。。


75やか奈良の大仏開眼し。。。
752年に開眼供養が執り行われた奈良の大仏、知ってはいましたが初めて参拝する機会がありました。世界最大の木造建造物という大仏殿、2回の大規模修復があったこと、大仏像自体も、何度も修復されていることを知りました。

それにしても大きく、そして美しい。
高層建造物の少ない時代には、その異様なまでの大きさは、それだけで意味がある気がします。

見守っていただいている感、溢れています。以前オフクロから大仏様の実物大の鼻の穴は、傘をさして通れるほどだと聞いたことがありましたが、今回はコロナ対策でその展示は開催されておらず。

たくさんの修学旅行生達も、ワイワイとやっと実現した?何とか実現した修学旅行を楽しんでいる様子も、大仏様のご加護があってのことのように感じました。

何とも特有の表情をしていらっしゃいます。笑うでもなく、無表情でもなく、ただ穏やかな印象です。

話を聞いて知るのもいいですけど、こうやって自分の体験として知ることのインパクト、きっとチビ子にも強烈に刷り込まれていると思います。

2021-08-11

古代住居跡(新カテゴリー:史跡)

[No.3427] 

外出先や訪問先の近くに、古墳や史跡がないかは常に気になるものです。訪問先へのルート確認とか、近くのお店探しでも古墳や史跡は出てきますし。

先日は、モーニングを家族で食べた後に5分くらい歩いたところにある書店に向かう時に、拙者は思い出したのです、確かこの近くに古代住居跡があったはず、だと。

記憶は正しく、歩いても5分の場所でした。書店に向かった妻とチビ子と別に、拙者が古代住居跡に行きましたが、閑静な住宅街にある公園が、古代住居跡でした。

単なる地面が窪んだ場所なのですが、弥生時代ですから古墳の時代よりも前に、人々の生活が営まれていたという証であります。丘陵地に位置し、歩いて川や山で狩猟や農業をしていたのでしょうが、今日はいい収穫だった、子供のお腹いっぱい食べさせられる、なんて事もきっと思っていたはずです。

この竪穴式住居の中で、家族が暮らし、どんな言葉で会話が繰り広げられていたのでしょうかねぇ。

そんなことを、あーでもない、こーでもないと想像するのが好きです。古墳でもないので、新カテゴリー「史跡」を始めます。ストーンヘンジ、モアイ像、ナスカの地上絵、万里の長城、クレイジーホース、モヘンジョダロ、パルテノン神殿を訪問した時のつぶやきと叫びは、このカテゴリーになるはずです。