フォロワー

2008-08-28

”よかった”ではなく、損した気分になる器の小さい己

[No.849]

出勤しよう、と玄関を出た途端に凹みそうな蒸し暑さや酷暑も終わりました。

ここのところは雨が降りそうで降らない、降らなさそうで少し降る、
そして日本のどこかで毎日のように局所的な雨がニュースになっております。

拙者の家庭は、毎朝天気予報を見ます。
雨が降りそうな予報だと、傘を持っていくようにします。
降水確率が50%以上ですと傘を持っていく決意は簡単ですが、
40%ぐらいは、持っていこうかどうか迷います。

玄関を出る時に少し降り始めたから傘を差して行ってすぐに止んだ場合、
また会社置き傘がないから傘を持って出かけたけど、結局降らなかった場合には、
「せっかく持って行ったのにぃ~」と少し損した気分になることもあります。

自分が傘を持っていった時には雨が振り、持って行かなかった時には雨が降らない、
そんな好都合な事ばかりを期待することがナンセンスであるにも関わらず。

ちっちゃいですなぁ~、拙者の人間としての器。

どうして「雨に濡れるような事にならなくてよかった」と思えないでしょうかね。

自分にとっての好都合を求める器の小ささは、
局所最適 → 全体最適(塵も積もれば山となる)になるのか、
局所最適 → 合成の誤謬(骨折り損のくたびれもうけ)になるのか、
の大事な判断能力に関わるような気がするのです。

器の大きな、いろんな事を余裕を持って受け入れる事ができるビジネスマンやオトコになりたいものです。

0 件のコメント: