#98「エレジーは流れない」 三浦 しをん
拙者にしてみれば、少子高齢化の波を早めに受けていた田舎の高校時代を思い出させてくれました。
他愛のない友人との校内でのやり取り、自転車通学の帰り道の寄り道での買い食い、まだコンビニのない時代で地でしたから、自動販売機で買ったジュースを飲みながら、道の分岐で話し込んだ日々、大学進学を控えての成績の不安や、漠然とした将来像のぼんやり加減に包まれていました。周囲が進学が多いので、大学に進むのは当たり前とも感じていましたけど。
高校時代は、もう四半世紀以上前のことになります。大学進学後の何かを具体的に描けるものが何一つないまま、親元を離れて一人暮らしを始めたことを思い出します。自由気ままな一人暮らし、寝坊しても叱られることなく、出欠を取られることなく、前期や後期の試験一発で成績が決まる方式の講義も多くありました。
当時は無為な時間を過ごしている、と自虐的な気持ちになったり、公務員や金融などの「当時」安定していると評されていた将来に向けて頑張る者を、眺めているだけの拙者。でも何かを認められたり、期待される、成果を出したいと思いながらも、何をするでもなくコンパや草野球、自堕落な時間を過ごした大学1年でした。この作品の登場人物の高校生たちを、そんな拙者の時間と重ねて読みました。
餅湯温泉に残る者、都会に出て学ぶ者、餅湯温泉に戻る者、その後はいろいろだと思います。出るもよし、戻るもよし、
高校時代に教室で友人と話したこと、大学時代にお互いに帰省して話したこと、社会人になって仕事や将来のこと、最近は親や家族のことを話したことを思い出します。
馬鹿なこともするし、アホな話もしますが、損得関係なしに付き合える人との関係、友人とはやはりありがたい、嬉しいものだ、が読後の感想。
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